antony & the johnsons interviewアントニー&ザ・ジョンソンズ・インタヴュー(2010)

インタヴュー:熊谷朋哉(SLOGAN)
通訳:河原雅子

アントニー・インタヴュー その物語とその登場人物

──貴方の作品には、多くの伝統やドラマが込められているように思います。貴方の活動を追っていると、私はまるでアートの神様が書いたひとつの物語を読んでいるような気分になるのです。

「本当に幸せなことですね。しかし、全く自然にそのように物事は進んできたのです。私自身が意図したことは一度もありません。確かに一つの物語と言えるかもしれませんね。徐々に活動期間も長くなってきたので、もう短編小説とは言えないかな(笑)」

──そう、本当に良く出来た物語だと思います。例えば貴方のグループ名であるジョンソンズ、“ジョンソン”はNY伝説のドラァグ・クイーン、マーシャ・P・ジョンソンに由来するものだそうですね。アンディ・ウォーホルによる彼女のポートレートがよく知られています。そしてジョンソンズのデビューEP「I fell love with a dead boy」の死者への愛という主題はエドガー・アラン・ポーの大きなテーマの一つで、その後のルー・リード『ザ・レイヴン』に直結する。そしてルーとのツアーで貴方は「キャンディ・セッズ」を歌い、その後の『I am a bird Now』ではファクトリーの麗人、キャンディ・ダーリングがカヴァーを飾る……。

「(微笑んで)確かに共演してきた方々やものごとを並べてみると、ひとつのマップやガイド、青写真を作ることができますね。私は窓をたくさん開けて、色々な風を受けてみたいと思ってきました。私としては、インスピレーションを与えてくれた人やなにかを教えてくれた人、彼らと私が経験してきた素晴らしいものを皆で共有することができればと思っています」

大野一雄との出会い

──その物語の最も新しい一章が今回の来日公演ですが、大野一雄さんのポートレートがカヴァーとなった『ザ・クライング・ライト』、そのツアーの最終公演がまさか大野一雄さん親子との共演になるとは。驚かされました。

「仰る通り、まさか私が大野さん親子と同じステージに立つ日が来るとは私自身全く想像もしていませんでした。こんなにエキサイティングなことはありません。彼はずっと、本当に、私のインスピレーションの源であり続けてきた存在なのです」

──改めて、大野一雄さんの関わりについてお話し頂けますか?

「16歳の時、私はフランスのアルジェに留学していました。その街で偶然、あるダンス・シアターのポスターを見かけたのです。そこにはヴィクトリア朝様式のドレスを着て、化粧をしたダンサーが写っている……この美しい生き物はいったいなんだろう? すっかりそれに打たれてしまった私は、ポスター貼りに一枚もらえるように頼みこみ、そこに写っている人が誰かも知らないまま、そのポスターをずっと寝室のベッドの上に貼っていたのです。そのポスターは今もそのままです」

──それが大野さんであることは知らなかった?

「そうなんです。ポスターには名前がなく、当時の私にはそれを探す方法もありませんでした。しかし五年後、移住した先のNYで、ペーター・ゼンペルの『Just Visiting This Planet』という映画を見る機会がありました。その中で大野さん演じる両性具有のパフォーマーが崖っぷちで子供のように踊るのですが、私はその姿に我を失い、本当に涙を流すほど感動しました。そして帰宅した私は、映画の中のパフォーマーが寝室のポスターの人物であったことに気付いたのです。ショックでした。私はあの人と五年間を共にしていたのか、と。それが大野一雄さんと私との、言わば二度目の出会いです」

──……。

「今もあの映画を思い出します。身体の動きから湧き出る感情、身体が生み出す影……許すことの痛み、存在の痛み、優しさの痛み。内面の子供や、内面の優しさが身体に影を落としていく……私には、大野さんの表現の底に希望というものが存在していることが感じられました。当時の私はとても苦しい時にあり、全く希望に欠けている時でした。しかしその映画を見て、私は本当に変わったのです。大野さんは私の人生の師、お手本、私を文字通りに導いてくれた方です。いわばローマへの道を私は大野さんに学びました。その後私は、NYでモリーン・フレミングさんという大野さんのお弟子さんに舞踏を習い始めました。身体の動かし方とイメージの使い方、間の取り方、もちろん全く私なりのものではありますが、私は舞踏の考え方を歌にも活かしているつもりです」

──『ザ・クライング・ライト』は実際に大野さんがインスピレーションになっているそうですね。

「はい。ステージに落とされた光の輪の中にある大野さんがそのきっかけです。その光の中で、大野さんは内面の子供を現す──その姿はとても女性らしく、フェミニンさと優しさに溢れています。子供は輝きと泣き声とともに産まれますよね。子供の誕生の瞬間は、色々なものが同時に産まれる瞬間でもあります。子供らしさ、辛さ、希望。その光はいわば精神の聖地なのです」

──それは貴方の歌の根本にもなっているような気がします。

「ありがとう。そう仰っていただけるのは嬉しいことですね」

フェミニン

──今、話題に出たフェミニンという言葉ですが、貴方のウェブサイトにも“フェミニン”というコンテンツがある通り、これは貴方にとっても重要なテーマのひとつであるように思います。貴方の表現は、ジェンダーというものを巡る、時代の大きな流れとその変化とを象徴しているようにも思うのですが、如何思われますか?

「私自身、そして私の表現にはトランスジェンダーの部分が確かに存在しています。その世界的な流れもありますよね。私はそれを代表するつもりはありませんが、その一人ではあると思います」

──その部分と表現との関わりはどのようなものですか?

「まず、現在、フェミニンは、政治・経済・文化全ての面に於いてプラクティカルに重要なものになっていると思います。70億人にまで人口が増えた地球上で、戦いを好む男性原理にどれほどの意味があるのでしょう? 私は女性の力がより政治や企業にも活かされれば、より多くの価値観が生まれてくるだろうと感じています。そして特にクリエイティヴな面に於いては、フェミニンさ、優しさというものはごくごく自然かつ必要なものだと思います。それは大野さんの表現にもある通りです」

──性差を超えた優しさ、性差を超えた自由……?

「そうですね」

──それは、歌や舞踏とも共通していますか? 私は貴方の歌は、ダンスのように、いつも地上の引力からも自由であるように感じるのですが。

「(優しく微笑む)確かに共通しているかもしれません。私は表現に於いて、完全な、そして拡張された自由をいつも求めているのです」