camille interview私はマライアに勝ちたいだけ / カミーユ・インタヴュー(2008)

インタヴュー:熊谷朋哉(SLOGAN)
通訳:山田蓉子
初出:THE DIG vol.55

その圧倒的な新作とステージング

カミーユが新作『ミュージック・ホール』を携えた初来日公演を行った。どこまでも知的で野蛮で、しかも美しく笑えて最新でという、つまりはヒップなポップ・ミュージックの全てを完全に兼ね備えた見事なパフォーマンス。全く圧倒的としか言いようのないものだった。

通常の楽器はピアノだけ。リズム隊はヒューマン・ビートボックス(つまり口ドラム、口ベース)が2人。ダンサー&バックコーラスは男女計4人で、男性陣とカミーユはボディ・パーカッション(身体を叩き、床を鳴らす)をもこなす。またコーラスは声帯模写でサンプリング的な効果音も担当。徹底的に人間の身体性と再現性に信頼を置いたステージングである。

確かにサンプラーやコンピューターよりも人間のほうが自由な楽器たりうるだろう。全ての機械は人間を真似て創られたのである◎人間が神の似姿であるかどうかは別としても(「神様のいないゴスペル」!)。

しかしそれにしても、そのアイデアが、難解なところの全くない、ここまで見る者全てを熱狂させる楽曲とステージングにまで統合されるとは。実際、彼女を知るオーディエンスが少なかっただろう朝霧JAMでも、カミーユは会場を完全にKOしたらしい。

一人のアーティストが一気に高い次元に駆け上がった瞬間の姿を、最高のタイミングで見ることができたように思う。もちろんこういう幸福な機会はそれほど多くない。このタイミング、観客の視線を完全に手玉に取りつつもストレートで良く練られたステージング、そして次の時代のキーとなるであろう新しいなにか。74年生まれの筆者が想起させられたのは、見たはずもない、伝説の73年デヴィッド・ボウイ初来日公演だった。

ホイットニー・ヒューストンに宣戦布告し、“マライアに勝ちたいだけ”と歌い放つ「Money Note」は本当に美しかった。強烈な磁力とパワーを持ったこのパフォーマンスを、全ての人に体験して欲しかったと思う。

ステージの前に彼女の話を訊くことができた。パリ政治学院卒、才媛と言われつつ、その奇矯な行動と言動とがフランス本国でも話題を呼ぶ彼女。はたしてその素顔は、知的でありつつも全く悪意のない、不思議にフランクなものだった。
「神に与えられた才能」?

◎大ヒットしたデビュー・アルバム『パリジェンヌと猫とハンドバッグ』(02)、『Le Fil』(05)に続いて、新作『ミュージック・ホール』がリリースされました。今作は前作に於けるアイデアを更に発展させ、決定的な一枚になったと思います。また、シングルの「神様のいないゴスペル」では“神からはなにも与えられていない”と歌っているのにもかかわらず、“神に与えられた才能”という賞賛すら出るほどです(笑)。改めて伺いますが、貴方の才能はどこから来たものだと思われますか?

「(笑)嬉しいですね。もしも私に才能というものがあるとすれば、もっと先に進みたい、追求したいという好奇心だと思います。音楽に対する愛、音楽を生きたいという思いですね。また、私は神との直接的な関係性を否定していますが、音楽やハーモニーの中には自分を超越した力、世界や社会を全て内包したなにかがあると思います。それを神にたとえるのは、決して間違ったことではないかもしれません」

◎今作で貴方が英語を採用したことには驚かされました。

「ネイティヴではない言葉の響き、語感の面で新しい挑戦をしたかったのです。まだまだ第一段階、より訓練する必要がありますね。歌詞の内容はよりパーソナルなものにできるでしょうし、また、言葉の意味と音からも自由になることができると思います」

◎英語を用いた理由というのは? というのはグローバルな言葉である英語を使う一方で、歌詞の内容はグローバリゼーション批判だったりするからなのですけれども。

「フランス人にとって、英語は微妙な言語です。まず英国は古くからのライバル国家です。フランス人は皆、百年戦争のことを今も覚えている(笑)。その国の言語である英語に支配されてしまうという恐れ、毛嫌い、そして英語ができる人への微妙な温度が存在するわけです。だから今回、英語で歌ったことに対してネガティヴな反応もあって驚かされました。歌の内容は、貴方も仰るとおり、グローバリゼーションやお金社会に対するアイロニーだったりするのですけれどもね。フランス盤で英詞を入れなかったのは失敗だったかな。個人的には、言語はもっと混じり合っていいと思います」

◎一方で、意味のない音としての声をとても上手に作品に取り入れていると思うのですが、言語と楽器としての声との関係については如何思われますか?

「私は声を楽器とは呼びたくないですね。声は意味以前ですでに優秀なコミュニケーションツールですから。叫ぶとか、泣くとか(笑)。楽器はあくまで人工物ですが、声はオーガニック、もともと自分たちの身体の中にあるものです。楽器とのバランスで言えば、言葉や叫び、声そのものにすでに音楽が宿っていると思います」
野を開く鍵・カミーユ

◎同じ関係になるでしょうか、貴方の作品やステージは知的であることと野蛮であることが非常に幸福な関係を保っていると思うのですが、それに対する意識はどのようなものでしょう?

「フランス、つまりキリスト教社会では精神と身体を分けますよね。頭を使う人と身体を使う人の棲み分けがある。市場経済の中では身体を使うことの優先順位が不当に低くなりますし、私自身もフランス文化の中で育ち、それを身体に染みつかせながらも、そこに同意できないところもあります。アフリカやアジア文化の中に感じられる身体性を、ヨーロッパはどこかで置いてきてしまったのではないでしょうか」

◎その関係性で言えば、シュルレアリスムやヌーヴェルヴァーグといった、身体性を復権しようとする知性たちが貴方の国には伝統的に出現してきましたね。そういう伝統はどのくらい意識されているのでしょう?

「大好きですね。シュルレアリスムは子供っぽかったとも思いますが、精神をより自由なものにした。ヌーヴェルヴァーグは、精神と身体が隔離された西洋フランス社会のジレンマを官能の面から語った。共感します。私たちの世代はグローバル化した世界にあって、他の文化の身体性をより気軽に取り入れることができると思います。よって、表層的なものに留まることなく、異文化、環境とどのように邂逅するかということが私のテーマのひとつです。ひとことで言えば、多様性です」

◎その意味で、貴方に最も影響を与えた音楽家というのは?
「デヴィッド・バーンですね。そしてフランスのノスフェル。架空の言葉で歌い、パントマイム的なパフォーマンスを見せる、非常に詩的なアーティストです。作品を聴いてみて下さい」

>>カミーユ(公式サイト)
>>カミーユ / Gospel With No Lord
>>カミーユ / Money Note