fujiko f fujio未来の想い出 / 藤子・F・不二雄

テキスト:熊谷朋哉(SLOGAN)

藤子・F・不二雄、その最晩年の作品に『未来の想い出』というものがあります。

http://www.ffgallery.com/tankou/L5/mirai/

あらすじは上のページに任せますが、自伝のような形とリアリティを持たせながら(もちろんトキワ荘も「西日荘」として出てきます)描かれたこの一作、実は若さと老い、そして刹那の取り返しのつかなさとを真正面から描いた凄まじい作品です。

誰にでも一度は訪れる幸福な一日の記憶、成功とは裏腹のそこはかとない不幸の予感(「幸運は僕には似合わないんだよな」)、そして突然襲いかかっては後悔ばかりを残す災厄。嘆きながらの日常への復帰と妻への不満、突然死と生き返り、そして運命に全力で爪を立てようとする、一つの意志としての抵抗……

惚れていた女の子が、偶然にヌードモデルとして自分のところにやってきます。彼女を描く時間の描写がなによりも美しい。『美しき諍い女』ではありませんが、描くことに在る幸福なエロティシズムを奇跡のようにロマンティックに描くことについて、藤子・F・不二雄以上の漫画家がいるとは思われません。過去と記憶、未来と記憶、そして記憶の記憶。

この作品を映画化した森田芳光の後書きもいいです。

──特に映画の客層である二十代から三十代の女性に、”十年前に戻ったら今の仕事をやっていますか?”“十年前に戻ったら、今の男と結婚してますか?”等々の質問を投げかけてみたかったのです。(中略)誰しも恋に関しては、後悔の連続だと思います。”あの時お金があったなら……”“あの時あの言葉をいわなかったなら……”──

老いと記憶と再生とをめぐる、晩年のドラえもん作者による『ファウスト』。悪魔のように美しくて切なくて、逃げ場が無くも微かに残酷な救いを感じさせてやまない、藤子・F・不二雄最後の傑作のひとつです。

私もこれから数十年とこの作品を読み返していくんだろうな。後悔しないようにしないと。

絶版ですが、¥1,500も出せばまだまだアマゾンのユーズドで買えます。春を思い出すような待つようなこの作品は、今のような季節の夜にこそふさわしい。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091818919/