arto lindsay interviewアート・リンゼイ・インタヴュー(2004)

インタヴュー:熊谷朋哉
通訳:吉田香織
撮影:南秀樹
協力:前田圭蔵、ビデオアーツ

 2004年11月、アート・リンゼイが新作『Salt』を携えて来日公演を行った。今回も最新作が最高傑作。セットリストもほとんど新作と前作のマテリアルで占められるところに自信と充実振りを見てとることができるだろう。パフォーマンス・グループKathyと共演し、コーネリアスとの共作を行うなど(ビデオアーツからの日本盤『Salt+2』に収録)未だ完全進行形の異才に、歌詞とノイズの関係とともに、過去を振り返ってもらった。

『Salt』について

◎新作『Salt(+2、日本盤のみ)』が日本発売されます。今回はエレクトロニカの要素を増やしつつ、とてもポジティヴでストレートなアルバムのように思います。一応、コンセプトをお聞かせ願えますか。

「そうだね、とてもストレートなアルバムだ。2004年の2月にブラジルのサルバドールでマシュー・バーニー(現代アーティスト:『クレマスター』など。アートの『プライズ』ジャケットのガラス彫刻はマシューの作品)とカーニバル・パレードに出演して、そのための音楽と一緒に作り始めたから、その影響があるのかな。それともうひとつ、テクノロジーの影響があるね。サウンドはリオとニューヨークで半々、ヴォーカルは全てリオで録音して、マテリアルをMP3ファイルにしてニューヨークにいたエンジニアとネットで交換しながら完成させたんだ。エフェクトをかけ過ぎるとMP3ではかなり聴きづらくなったりする。こういうやり方は初めてだったから、失敗しないように、音がシンプル控えめになったのかもしれない。それがストレートに聞こえる理由なんじゃないかな。とても(日本語で)ムズカシク、タイヘンだった」

◎テクノロジーと言えば、ライヴも前の『Invoke』ツアーからドラムレスになりましたね。ライヴでのアプローチに違いはありますか?

「まず、僕はとにかくドラマーが好きだ。昔からドラマーにはこだわってきたつもりだ。これまでは生のドラムとループを一緒に使ってきたんだけれど、今回は生でレコーディングされたドラムをループにして、そこにキーボーディストの手弾きリズムを組み合わせている。でもまあ、前回からドラムレスになったのはもっとシンプルな話で、ダグ・ボウン(アンヴィシャス・ラヴァーズ時代からのドラマー)が脳梗塞を起こしてドラムを叩けなくなっちゃってね。もう一人も時間の都合がつかなくて、仕方なくドラムレスでやってみたらなかなかうまくいったんだ。そしてメルヴィン(・ギブス/B.)がここ数年で素晴らしいプログラマーになって、どんな音でも出せるようになった。ベーシストとしてもプロデューサーとしても成長したね」

◎ダグさん、心配ですね。となると、今はザ・トリオ('95年にニッティング・ファクトリーでのライヴ・レコーディングが発表されたプロジェクト。アート、メルヴィン、ダグ)の活動はしてないんですか?

「そう、演奏できない。徐々に復調してきているけれどもね。スローなビートでならきっとできる(笑)。今度はそのトリオで来日できるといいね」

◎楽しみにしてます。それにしてもレコーディングでもライヴでも毎回面白いメンバーを見つけてきますよね。

「僕は他のミュージシャンから刺激を受けてプレイするのが好きだ。グループとして自由な感覚が好きなんだ。マイルス・デイヴィスがそうだったように、バックバンドに明確な指示を出すことなく、メンバーそれぞれが一人一人の色を出してお互いに大きな貢献をしあうような感覚だね。そして僕は通常のギターは弾けないから、それを前提にメンバーや楽器を選ぶと、それがそのまま音楽の性格になったりする」

歌詞をめぐって

◎今回のインタヴューでは、今まであまり語られてこなかった貴方の詞作についてお聞きしたいと思います。私は貴方がポップ・ミュージックの世界で最高の作詞家の一人だと思うんですが、そんな貴方から見て、シンパシーを覚えたり評価したりする作詞家はいますか?

「色々な作曲家、作詞家に影響を受けている。そう、全ての人にね(笑)。カエターノ・ヴェローゾはもちろん、多くの古いサンバのシンガー。アメリカでは、プリンス、キッド・クレオール、ボブ・ディラン……。ただ、誰が自分のスタイルと比較できるかを考えてみると、それは難しいね」

◎貴方の詞はすごくエロティックで、顕微鏡で見るような美しさと、大きな視野で見た時の朧気な美しさとが同居しているように思います。光を色々違う角度から当てて対象の見え方のヴァリエーションを確かめているような感じでしょうか。こういう詞はロックンロールの世界にはあまりありません。その雰囲気はサンバとかブラジルの詞に近いんでしょうか?

「いや、サンバは違うね……。パースペクティヴを変えるこのテクニックはDNAの頃から使っていたし、確かに、スケールの違いに関しては昔から興味があったね。映画の影響なのかな。でもそんな映画フリークというわけでもない。なんだろう? 僕にとっては当然のことだったんだけど、そういう質問は今まで受けたことがないな。興味深いね」

◎例えばDNAで過激な音を出しているときでも、貴方の詞は単なるノイジーなメッセージというわけではありませんでした。

「アートというものに対して、僕が初めに興味を持って理解出来たのはまずは詩(ポエトリー)を通してのことなんだ。当時もどんなに無茶苦茶をやっていても、詞(リリック)の完成度を高める努力はしていたんだ(笑)」

◎ロックンロールの詞には、伝統的にメッセージとかアジテーションの要素がありますよね。デヴィッド・ボウイは、「ロックンロールはメディアだ」と言ったことがあります。とはいえボウイは政治的な詞の使い方はしないんですけれど。

「ボウイがそう言っているのはとても面白いね。シリアスで、セクシーなエンターテイメントとしてのロックやポップ・ミュージック、(日本語で)歌謡曲、そういうフィールドに於いては、マクルーハンが言ったとおり、メディアはメッセージだというテーゼはやはり有効だと思う。詞それ自体よりも、誰が音楽を作っているのか、演奏しているのか、どうやって売るのか、そういうメディアとしてのあり方を利用した方が実際上の影響力はあると思うよ。ジョー・ストラマーとかボノとか、ああいう政治的なロックンロールの使い方は嫌いなんだ。でもグレートなポリティカル・ソングがないわけじゃない。カエターノのものとかね」

◎貴方は牧師さんの息子さんですけれど、歌詞にLORD(主)という言葉は出てきませんよね。というのは、さっき話に出たボノとかニック・ケイヴとかって平気でそういう言葉を使っちゃうんですけれど、どう思われます?

「だから僕は奴らが嫌いだ(笑)。会ったことはないから、彼ら自身は良い人たちではあるかもしれないけど、見ていて切なく(パセティック)思うね。でもそれは面白い視点だね。(キーボードの)マイカのお父さんも牧師だ。エンジェルもそうだし、マーヴィン・ゲイもそうだ。アリス・クーパーもだ(笑)。一般的に牧師の息子は悪くなるのかもしれないね」

◎そうなんですか、知らなかった。私はニックやボノの詞は貴方のものと比べると少し田舎っぽく感じちゃうんですよ。

「ニックのほうが技術的にボノよりはマシだ。シェイクスピアや、聖書を英訳したザ・キング・ジェイムズ以来の、クラシカルなスタイルの英語に影響を受けた詞だったらレナード・コーエンが良いよ。彼の詞のサウンド、リズムはニックのそれと近いね」

◎私、ずっとコーエンの翻訳やってるんですよ。彼のほうが射程が広いと思います。レコード業界とキリスト教システムとのアナロジーとか。

「そりゃそうだよ。コーエンはものすごい変な奴で、(日本語で)グルグルパーだ。そういえば彼はユダヤ人だ。キリスト教に対する外からの視点の一つなのかな。ボブ・ディランもそうだね。昔から、キリスト教に対する見方で最も興味深いもののひとつはユダヤ人によるものだ」

◎そういえば、貴方はコンピ『グレート・ジューイッシュ・ミュージック』のマーク・ボラン編にも参加してましたね。

「イギーも、もちろんルー・リードもユダヤ人だね」